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【体験談】両親を想う。依存性と感謝

ギャンブル依存症

あなたのことを一番心配してくれているのはどなたでしょうか?

私は間違いなく両親だと思います。

最初に始めに申し上げておきます。この記事を、色んな境遇の方が見ていただいていますので、両親への想いは人それぞれだと思います。これは、私の体験に基づいています。その点、ご了承ください。

あなたは両親の誕生日を覚えていますか?

先日、私の父の誕生日でした。今は遠く離れて暮らしていますので、たまに電話で話すくらいの距離感になってしまいました。年齢は74歳。私は父が40歳くらいの時に生まれた子供です。比較的遅めの子供だったんだと、自分が親になってみて感じます。そして、子育ても大変だっただろうなと、今になって理解できました。そんな父ですが、有難いことに、今でも元気で、週2回くらい福祉施設のバイトをしながら、趣味のイカ釣りにたまに行っているようです。

家族でライングループを作っていますが、先日、姉から「誕生日おめでとう!」のコメントが入っていました。その日は父の誕生日でした。自分の誕生日も気にしなくなりましたが、親の誕生日についても、同じように意識することがなくなっていました。私はハッとさせられました。

「親の誕生日も忘れてしまうようではだめだ。」と。

私は、今思うと田舎のごく平凡なサラリーマン家庭で育ちましたが、何不自由なく、大人になりました。自分が子供のころは、家庭の金銭事情などは、全く気にしていませんでしたが、今の仕事では、いろんな方の年収や家族事情を知る機会があるので、当時の父の年収や育った環境が、社会的にどのくらいの一だったのか、想像がつきます。

東京の大学までストレートで進学、卒業させてもらい、大手企業にも就職することができました。育ててくれた両親への感謝を忘れてはいけない。そう思っています。

ただ、いまだに後悔していますが、新社会人になった時にも初給料で両親に何かを買ってあげることができませんでした。当時の私はすでにギャンブル依存症だったので、その日暮らしの生活が身についてしまっており、そのような気持ちを持てませんでした。少し気持でもいいから何かプレゼントすればよかったと、いまだに後悔しています。

父の言葉

社会人になってからも、夏と正月、年に2回くらいは実家に帰っていました。いまだに覚えている出来事があります。それは24歳くらいの時でしょうか。社会人3年目くらいでした。

私は、少しの休みに実家に帰っても、暇があればパチンコをして遊んでいました。母親は私のことをずっと心配していましたので、

「貯金はできているか?」

「ギャンブルはやめなさい」

と言ってくれましたが、私はそれがどうしても受け入れられませんでした。というよりも、そんなことは身に染みて感じていましたが、すでにギャンブルに飲み込まれていた私は、自分を守るために強がりばかり言っていました。

「せっかく実家に帰ってきたのに、そんなことを言わないでほしい」という、あまりに身勝手な思いから、その日は反発してしまいました。そして、

「気分が悪いから、今から東京に帰るわ!」そう言い捨てました。

私はあと数日過ごす予定でしたが、荷物をまとめて家をでました。その日は父も家にはいましたが、昔からあまり私に強くは言わないタイプですので、その日も、母と私の口論を離れたところで見ている感じでした。

私の実家は駅のすぐそばで、10階角部屋なので、駅までの道路もよく見えます。道すがら私は振り返りました。

ベランダから父が私を見ていたのに気が付きましたが、私はもう振り返れませんでした。

空港行きの電車に乗ると、父から電話がかかってきました。ただ、私は電話に出る気持ちにはなれませんでした。私自身も悲しかったのです。こんな別れ方をするのは本意ではありませんので。

私は空港についてその留守電が入っていることに気づきました。それは父からの留守電でした。

「おまえが急に帰るって言って、淋しかったがよ。お母さんは心配してるんだぞ。泣いてたぞ。でもお前の人生だ、頑張れよ」

これまで聞いたことのないような泣きそうな声で、父がそう言っていました。私は涙が止まりませんでした。

両親の想い

父のこの留守電とベランダの姿は、いまだに忘れられません。

「私は、なんて淋しい人間なんだ。」

そう思います。

両親は、常に心配してくれている。私も両親が大好きです。ただ、時間は止まってくれません。いずれは亡くなってしまいます。あと10年後、元気にしているでしょうか。その保証は全くありません。

私が過ごしたこの10年はあっという間で、本当に無意味にギャンブルにおぼれた10年。この10年がまた続いたころに、両親はもういないかもしれません。

そう思うと、こんな生活をしている場合ではないと感じたのです。心から感じました。

私は人一倍その恩を返さないといけない。それは、偽善ではなく、心からの感謝を込めて。

個人再生を完済します

来月の12万の支払いをもって、3年間支払ってきた個人再生が終了します。私にとって節目の月がいよいよ来ます。

私に個人再生を勧めてくれたのも母でした。当時私はすでに首が回らない状況で、給料の半分以上が返済に持っていかれる状況でした。母は、とても心配し、私には内緒で上京し、地元行政の依存症専門の相談員との面談をセッティングしてくれていました。

「いい大人が、親にそこまでしてもらわないと、だめなのか。」そう思われても仕方ないことでしたが、私は完全に廃人になっていたんですね。。。

それをきっかけに、弁護士を紹介してもらい、この個人再生に踏み切ったのです。あの日、母がいなければ、私は今頃。。。間違いなくいなかったと思います。もしかすると、大きな犯罪に手を染めていたかもしれません。

両親に感謝しています。本当にありがとうございます。これから残された時間、少しでも多く親孝行させてもらいます。

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