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【体験談】ランニングを始めた訳とギャンブル依存

ギャンブル依存症

皆様お疲れ様です。

今年に入り1月にフルマラソン、4月に20キロマラソンに参加しました。

ギャンブル依存の私が、走る理由について、お話します。

元々走ることは好きだった

本格的にマラソンをしていた訳ではありませんが、小さな頃から私は走ることは嫌いではありませんでした。地元の小学生マラソンに参加して、1位を取ったこともありました。中学生の頃は駅伝部はありませんでしたが、各部活の長距離が得意なメンバー寄せ集めで参加する駅伝大会の選手にも選ばれていました。走ることに関しては他の人よりも抵抗はないんだと思っています。

ただ、社会人になり、毎晩飲んでいたので、走ることを続けていたと言うわけではありません。もちろん暴飲暴食で体重も増え、年齢とともに代謝も悪くなり、10キロくらい太りました。母親からは、

「太りすぎ、生活習慣を見直しなさい」

と私の写真を送るたびに言われていました。

他の記事で書いている通り、ギャンブル依存でしたので、母親はそのことと太ったことも関係していると感じていたのだと思います。

たしかにその通りでした。常に頭の中は、ギャンブル、お金、借金…こんなワードでいっぱいでしたので、20代の私は健康への意識など殆どなかったと思います。

フルマラソンには゛ノリ”でエントリー

フルマラソンに登録したのは去年9月ごろです。ネットで調べて、一番参加しやすそうな近くの大会にエントリーしました。当然誰かと一緒に走るつもりはなく、一人で走ろうと思いついてエントリーしました。それも、8月に両親と久しぶりに会って、太ったと言われたからでした。

今までも秋になると少しモチベーションが上がって、ダイエットを始めましたが、結局1ヶ月で飽きてしまったことが何度かありました。今回は、”ノリでいいから、フルマラソンでも登録して、目標を持とう。”という考えでした。小さな大会ですが参加費は5000円くらいかかります。妻にも相談しましたが、そういうことに使うお金なら良いね。と快諾してもらえました。

練習は”そこそこ”しました。まずは朝起きて3キロのランニングとラジオ体操から始めました。朝は気持ちいいですね。それは2ヶ月くらいは続きました。ただ、12月くらいになると、寒くて億劫になりはじめました。まだ42キロの距離が想像もつきませんでしたが、とりあえず10キロ位は走らないとダメだ、と言う思いで、土日に長めに走ることに切り替えました。仕事も忙しくなると、朝走ることは現実的にかなり厳しかったです…2か月くらいするとほとんどやらなくなってしまいました。

正月太り

ただ、年末までは土日もなんとか頑張り、体重も3キロくらい落ちました。マイペースで走れば次の日筋肉痛ということも無くなっていました。その点は練習の成果だと思えた点です。

ただ、練習では最高14キロしか本番まで走れませんでした。そして、年末年始は家族も集まり美味しいお酒とご飯を食べる機会も増え、年明けには3キロ体重が戻っていました…

大会は1月2週目。あっという間に当日を迎えました…

目標は完走

参加者は15人くらいです。老若男女でした。最高齢は60代くらい?お爺ちゃんもいました。

家族は遅刻して、私は一人でスタートを切りました。

天気も良く、最初は気分良く走れました。先頭集団は次元が違うので、すごいなあという感覚で後姿を見ていました。私はマイペースを意識しました。基本的にはキロ6分ペースです。このくらいが練習で走っていたペースだったので、決して楽ではありませんでしたが、20キロくらいまでは、それなりに走れました。

しかし、地獄はそれからでした。

20キロを過ぎたあたりで、右足のマメが潰れ、そこをかばうように走ったこともあり、右足が痛くて動かなくなりました、そして、次第に股関節にきました。股関節が痛くなるのは初めての経験、おそらく、”足が限界”だと言っていました。

そこから大失速。足が動かないので、少し走っては、歩き、また走り出してみては歩き、の繰り返しでした。最初は全体の8位くらいを走ってたと思いますが、気がつくと、一人また一人と抜かされていきます。お爺ちゃんにも抜かされました。歩くのとほとんど変わらないんですが、お爺ちゃんはずーっと走り続けていました。

こみ上げる感情

そのお爺ちゃんの後ろ姿もどんどんと小さくなり、気が付くと私は一人で走っていました。先頭集団はとっくにゴールして、参加者も減ったため、河川敷の一人旅になっていました。私は音楽を聴きながら走っていましたが、一人で色んなことを考えました。今までの生き方も思い出し、気がつくと涙が出ていました。

借金のこと、家族のこと、仕事のこと。

私がフルマラソンを走る意味

私は走ることは好きですが、フルマラソンを走ることなど考えたこともありませんでした。

それが今回ノリで申し込み、今実際に走っている。

「フルマラソンって意外といけるんじゃない?」とか、

「意外とランナーズハイになれば最後まで苦しくないかも」

なんてことも、走る前は考えていました。

しかし、現実はちがいました。30キロを超えたあたりからは地獄。長すぎる。

20キロも走って、まだ半分なんですよね。厳密にいうと半分も走れていない。すぐに、

「なんで走ろうなどと思ったんだ」

「今すぐにでもリタイアしたい」

そんな気分になりました。

だから自分はだめなんだ

私はいつもそうだ。

やったこともないのに、自分の経験値と考えだけで物事を判断して、いかにも知っているかのように、持論を述べている。そして周りがいなくなると、すぐに楽なほうを選んだり、ズルをしようとする。つまり、いつも言い訳と、知ったかぶりな人生。そう感じ、虚しくなりました。

「絶対完走する」

そう思えたのは40キロ過ぎでした。ここまできて、やめるなんてできない。そんな風に思えてきました。そしてゴールが見えると少し楽になりました。

そしてゴールした

なんとか完走しました。タイムは5時間4分。最下位ではありませんでしが、びりから2番目でした。タイムもめちゃくちゃ遅いですが、、、

最高の気分でした。

家族はショッピングモールに行っていて、遅刻でゴールにも間に合いませんでしたが…

「42.195キロ完走した」

この事実を手にできたことが最高に嬉しかったです。途中歩いてましたし、タイムも遅いので、誰かに自慢は出来ませんが、”走った”という事実を今後の人生で話せることが嬉しかったです。

やってみる

マラソンが私にもたらした成長は確かにありました。私はマラソンを通してたくさんのことを学びました。

「辛いけど走れた」

「想像より辛かった」

「20キロからが辛いんだ」

「走り切った時の感動は素晴らしい」

「またチャレンジしたい」

こんなことは走らなければ絶対にわからなかったし、得られない

「自分自身の経験」です。

この気持ちを大切にしたいと思います。

ギャンブル依存の克服も全く同じです。

やることは難しいですよ。ただ、それは想像です。イメージです。本当に辛いか、簡単か、悲しいか、虚しいか、うれしいか。。。

それもすべて、やってみないとわかりません。

そして、途中で心が折れることもあるし、ずるもしたくなる。ですが、ゴールを目指して進むんです。

あなたはギャンブル依存症のゴールを設定していますか?

自分の決めたゴールを目指しましょう。そうすれば、きっとゴールした後に見える世界があります。

私はマラソンを通して、このことを学びました。年は取っても、やれる。行動するなら今。

マラソンは私の一経験ですが、今後、このようなチャレンジを続け、新たな発見をすることで自分の人生をさらに豊かなものにしていきたいと思っています!

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