釈迦道VS中国IT社長 激闘!!連絡待ちが続いている・・・汗

【体験談】ギャンブルの記憶 お婆ちゃんの想い

ギャンブル依存症

大学4年の三月の話をします。

私は就活も終わり、自由気ままに過ごしていました。引っ越しも決まり、バイトも辞めました。その頃はもっぱら、パチスロ、競馬、飲み会をやっていました。大学では良い友達に恵まれ、飲み会に誘ってもらう機会も多く、今でも感謝しています。

とある日曜日

私は朝からスロットです。その日はサークルの飲み会が夜からありましたので、現地に先入りして、朝から打ち始めました。詳しくは忘れましたが、当時入った店の場所などは未だによく覚えています。

朝から調子が悪く、お昼頃には2.3万はなくなっていました。ただ、なんとなく、時間を潰すためにダラダラ打ち続けました。

お昼を食べようと外に出ると、駅前の大型ビジョンに競馬のCMが流れていました。その街はWINSがあり、当時はよくCMが流れていたことを覚えています。

「競馬で取り返すかあ」

そんな考えが、午後2時くらいから湧いてきました。パチスロは負けが増えて、既に5万くらいに膨れていた気がします。

祖母からの20万円

私が、余裕を見せていたのは理由がありました。実は、田舎の祖母が、私の卒業祝いと、入社祝いということで、20万くれていたのです。当然、私はその日暮らしで、お金がありませんでしたので、このお金はこれからの新生活で絶対に必要な準備資金でした。

未だに覚えています。

私はその20万円を、一番人気1.9倍の馬に全額かけてしまったのです。

当時の心境は忘れましたが、大勝負という感覚はなかったと思います。私自身、20万もの大金を一回で使ったこともありませんでした。ただ、なんとなく、ボーッとしたまま、おろしたお金を流し込んだ気がします。

レースはWINSで見ました。結果、多分8着くらい。惜しくもありませんでした。

その瞬間、

「全て終わったー」

そんな気持ちでした。放心状態。泣くとかではなく、もう笑えてきました。

祖母の想い

祖母は私が会社に入り、2.3年目の頃に、癌で急死しました。私は、飛行機でお見舞いに行きました。その最後の言葉、それが今でも忘れられません。

「頑張れよ、頑張れよ」

寝たきりの祖母は私の手を強く握り、そう2回そう言いました。未だに忘れられません。この言葉の重み。

それから1週間もせず、彼女は息を引き取りました。

最後まで、私を心配してくれている。私を応援してくれていた。なのに私は何をしているのだろう…

思い出すだけでも涙が止まりません。

いまでも天国から私をみているでしょう。私の行動は全て祖母に見られています。

言葉だけじゃなく、態度や行動で示さないといけない、私はこの記事を書きながら改めてそう感じています。

あなたの大切な人

あなたの大切な人は、いまどこにいますか?その人の笑顔を思い出してください。きっとあなたを応援してくれています。

大丈夫、きっとうまくいきます!

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